屋久島 |
(鹿児島県) 1997年3月
プロローグ |
屋久島へは、サークルの九州徒歩合宿が、鹿児島県の長崎鼻 にて終了・解散したあとに、そのまま出かけることになった。 今回の屋久島上陸メンバーを聞いて、後輩は思わず「うわっ、 すごいメンツですねえ」と叫んだ。S先輩、S原くん、S田くんの 「スリーS」と私。まあ、確かに、濃いメンバーかもしれないけど ねえ。「上陸拒否に会わないでくださいね〜」というひどい後輩 の言葉を受けて、私たちは屋久島へ旅立つのだった・・・。 |
[第1日目]3/16(日) ●春合宿解散=鹿児島港=宮之浦港=淀川小屋入口〜淀川小屋(泊) |
タクシーの運ちゃん |
春合宿解散後、あわただしく高速船トッピーに乗り込む。宮之浦 港へはタクシーや民宿の客引きが大勢来ていた。我々は、とり あえず、一台のタクシーに乗り込み、登山口に行く前に、食糧の 買い出しをすべくスーパーに寄ってもらうことにした。 最初は、普通に会話をしていた、タクシーの運ちゃんだけれど、 段々と本性を出してきた。「本性」とは・・・・。 簡単に言えば、ダジャレ大好き、更には大ボラ吹き。スーパー から戻ってきた時に、「何を買ってきたの?」と聞くので「マヨネ ーズ」と答えると、「さすが!山に入る時に、マヨネーズを用意 すれば、まよね〜ず(迷わね〜ぞ)!」 と、徐々に、ギャグも 好調になってきた。それと比例して、後部座席に座っていた 男3人は無口に・・・・。結局、助手席に座っていた私が、彼の オヤジギャグの餌食になるのだった。他にも、「この島にはビッ グフットが住んでての〜」だのなんだの、あることないこと延々 と話しつづけるのだった。 |
淀川小屋入口〜淀川小屋(泊) |
登山口についたのは、もう夕方だった。ヘッドランプを点けない ですむうちに何とか淀川小屋に到着。もう数パーティーが夕食 をとっていた。夏は満員御礼のギュウギュウとなるこの小屋も、 3月ともなれば、余裕がある。2段ベッドの上段の一角をキープ。 夕食を取り、もう就寝体制に入ってる、他パーティーの迷惑にな らないように、早々と私たちも寝ることにした。 |
[第2日目]3/17(月) ●淀川小屋〜宮之浦岳〜高塚小屋(泊) |
ネズミ天国 |
屋久島の山小屋にはネズミが出るということは聞いていたけれ ど、朝、起きると 枕元にかじりかけのカロリーメイトが散乱して いて驚く。いったい、自分の頭の脇で何があったのだ・・・・と、 涙目になる(泣)。 |
優しい雨 |
しとしとしとしと・・・・。この日はずっと雨だった。3月の屋久島は まだ寒く、残雪もあった。とはいえ、ウィルソン株まで深い残雪が あったという1995年の3月に比べると、格段と少なかったし、 更には、話に聞いていたよりも寒くなかった(それでも、雨は冷た かったが)。 |
宮之浦岳 |
花之江河より、小花之江河のほうが、雰囲気があり気に入った。 宮之浦岳までは雨はそれほどでもなかったので、雨具を着てい なかったのだが笹に落ちていた雨のしずくでズボンがビショビショ になってしまった。宮之浦岳までの登り途中、雨が降ったおかげ で、小さな沢ができ、庭園みたいになっていた箇所が幾つかあっ た。展望が悪かったのが残念だが、雨の屋久島も悪くない。 宮之浦岳までは、あっけない道のり。木道も多い。 |
宮之浦岳〜高塚小屋 |
長い下りが待っていた。新高塚小屋のほうが、新しく大きいが、 団体もいたし、翌日、楠川まで下りることも考え、更に下の「高 塚小屋」まで下る。いいかげん、下りが嫌になってきた頃、小屋 に到着。私たちと同じ頃、下から登ってきた、テレビ局の撮影 グループも到着。彼らはテントを張っていた。 高塚小屋はトイレも水場も近く、また、縄文杉にも近い。 |
【花之江河】 | 【山頂・ボスざる登場】 | 【焼野三叉路(宮之浦岳方面から) 】 |